2025年7月26日(土)

石川啄木歌碑

岩手県釜石市大町1-7 青葉通り緑地

歌碑

宮沢賢治にゆかりの花巻から釜石線に乗り、柳田邦男の「遠野物語」で知られる遠野を通って釜石に着いたら石川啄木がいた。岩手の旅は文学に縁がある。

啄木は明治33年(1900)の夏に、盛岡中学の同級生らと三陸旅行で釜石を訪れたそうだ。釜石ではいとこの工藤大助宅に2週間ほど滞在した。青葉通り緑地にある歌碑は、そのことを記念して工藤家の縁者らが平成27年(2015)に建立したものだ。

歌碑には同行した船越金五郎の日記が添えられている。それによると釜石の前に立ち寄った大船渡では、吉浜の正寿院前に立つ明治三陸大津波(明治29年)の慰霊碑「嗚呼惨哉海嘯」を見学し被災者を忍んだようだ。

海に鯨を見に行ったことも記されているが、「悪臭甚だし」とあるのは死骸だったのだろうか。

そういえば、今年5月に釜石市唐丹町の沖合で鯨の死骸が発見されたというニュースがあった。腐敗によるガスが腹部に充満し爆発の危険があるので近寄らないようにということで、巨大な風船のようになった白い腹を上に向けて海に浮かんでいる映像が流れていた。

啄木もそんな景色を見たのだろうか。

碑 文